館員エッセー (1)

 

"I have a dream"

 

 

一等書記官 武内和久

 

 

 

 

2006年11月

在英国日本国大使館

一等書記官 武内和久

 

 

英国は日本人にとって“香り豊かな国”だ。アフタヌーンティの紅茶の香りのことではない。歴史の重みと開明さ、華やかさと質実さとを感じさせる国。有り体に言えば「大人の国」のイメージだ。英国の『英』の字自体、「すぐれた、ひいでた」といった意味を持ち、人名としても人気がある。日本が19世紀後半に開国して以来、熱い眼差しを送り続けてきた国だ。

 

この英国で働く機会に恵まれた私は、大使館で医療・福祉・年金の分野を担当している。その仕事内容を私なりに「結ぶ・集める・伝える」という3語で表現してみたい。「結ぶ」とは、感染症問題など国際協力が必要な分野で、日英両国政府の“橋渡し”役として活動し、閣僚など要人の往来をサポートすること。「集める」とは、英国の政策の情報を収集して日本に伝え、日本の政策形成に活かしていくこと、そして在留邦人の医療や衛生面で問題が生じないよう情報を蓄積しておくこと。「伝える」とは、日本の社会や文化を英国の人々にアピールし、日本という国のシンパを1人でも多く増やすことだ。このように言うと聞こえは良いが、その本質は、日々、コツコツと各方面に人脈をつくり、情報収集を地道に続けるという作業の積み重ねだ。

 

そのような仕事の中で私が思うことは、英国と日本との間に“ギブ・アンド・テイク”の関係を築きたい、ということだ。一方が他方から「学ぶ」「教える」というだけでなく、互いの知恵や経験を分かち合い、与え合う関係を作っていくことが大きな目標である。

 

例示してみたい。まず英国から与えられることは多い。一つは「過ぎない」文化だ。働き過ぎない、求め過ぎない、詰め過ぎない等々。金曜の晩に壊れたガスボイラーの修理が「週明けでないと無理」と言われ、冷水のシャワーで週末を過ごすとき、大急ぎで切符販売機の列に並んだものの、自分の直前で販売機が故障し、電車を逃したとき、快適さに慣れた私たちは「何て国だ!」と思うこともある。しかし、日本で、「即日配達」をしようと24時間働き続け、電車の運行時刻を正確に守ろうとする余り重大な事故を引き起こす例を見ると、日本人が喪失しつつある何かが英国にはあり、「足る」ということを知る必要を痛感させられる。もう一つは、「自立した個人」と「社会の“つながり”」の心地良いバランスだ。英国人は総じて、他人をジロジロ見ることも、他者と比較することにも熱心でない、「人それぞれ」の社会だ。しかし人と人のつながりも決して忘れ去られてはいない。同僚の妊婦が混雑した電車に乗ったとき、体中にピアスをしたティーンネイジャーが「妊婦なので誰か席を空けてください!」と大声で叫んでくれたり、仕事帰りの中年男性が席を立って、何も言わずに背中をチョンと押してくれたりした、という体験談を聞くたび、見えないところでつながりあっている、ある意味で「当たり前」が確かに生き続けている社会を見る思いがする。

 

他方、日本から与えられることも多い。例えば物事への丁寧な姿勢。日本人は万物に「八百万の神」があると信じるが、一つ一つの物事を疎かにせず、自分の仕事に丁寧かつ誠実に打ち込み、利用者に満足してもらいたい、毎日少しでもより良いものにしていきたいという気持ちと工夫を常に忘れない国民だ。それが日本経済の成功の一つの秘密でもある。また、私の担当している分野で言えば、世界一の長寿を誇る “健康大国”だ。「健康になれるなら死んでもいい!」という程の旺盛な健康志向に加え、高い衛生水準、高齢化に対応した医療や年金の仕組みなど、先んじて高齢化社会に挑戦してきた経験は、英国にも与えられるものが少なくない。

 

今後世界は、ますます豊かになると同時に、競争的で、個人の自立が求められ、また社会の在り方も変容していくかもしれない。そして高齢化や健康といった点も人類共通の大きな課題となるだろう。

 

そのような中、ユーラシアの両端に浮かぶ英国と日本が互いに知恵を分かち合い、経験を共有していくことが出来れば、互いを本当の意味で「成熟した国」にしていくことにつながるだろうし、途上国をはじめ他の国々に強いメッセージを発することも出来るだろう。

 

英国と日本は決して「遠い異国」ではない。手を携えて、未来を切り拓いていく、そんな関係を築くため、担当する分野の中で、私なりに出来る限りの努力をしていきたいと思う。

 

これが私のささやかな、そして大切な夢である。

 

 

 

(当館ウェブサイトでは、当館の業務および外交活動を幅広く紹介し、皆様の理解を深めて頂くことを目的に、当館員執筆によるエッセーを掲載しております。あわせて英語文を掲載し、対日理解の増進および日英関係に対する理解促進を図ることとしております。)