館員エッセー (4)

 

「リーガル・アタッシェ」とは

 

 

 

 

 

 

2007年7月

在英国日本国大使館

一等書記官 絹川健一

一等書記官 絹川健一

 

 

私は、大使館で唯一のロイヤーである。

私が英国で力を注いでいることについて、自己紹介を交えながら説明したい。

 

1 犯罪捜査に関する国際協力

英国に来る直前は、法務省で、捜査共助の担当をしていた。その経験を生かし、大使館では、英国と日本の間の捜査や裁判の共助を担当している。具体的には、国際的な犯罪について、CPS(Crown Prosecution Service・検察庁)やSFO(Serious Fraud Office・重大詐欺局;日本の検察庁特捜部に相当)などの英国検察当局から、日本でこういう証拠を集めてほしいとか、こういう人を取り調べてほしいという相談を受ける。逆に、日本からの要請で英国と交渉することもある。法制度は国によって異なるので、英国では当然できると思われている捜査が日本では許されないこともある。両国の法制度の違いを説明しつつ、可能な限り、リクエストに沿った捜査ができるように調整しなければならない。しかも、迅速かつ秘密裏に。私が最も神経を遣う仕事の一つである。

 

 

2 英国法の日本への紹介

日本は、今、50年に一度の司法制度改革の最中であり、私も、法務省において内閣と連携しながら制度改革に携わってきた一人である。その中でも、大きな目玉になっているのが裁判員制度の導入である。今の日本には、陪審制度はなく、裁判は、プロの裁判官によって運営されている。これを、2年後には、一般の国民が直接裁判に参加して、判決に関与する制度に変えることになっている。イギリスの陪審制度と日本の裁判員制度には、下表の通り、様々な違いがあるが、国民が司法に直接参加するという点では共通している。

 

 

イングランド及び
ウェールズ

スコットランド

日本

陪審員の数

12名

15名

6名

有罪認定を行う者

陪審員のみ

陪審員のみ

裁判員6名と裁判官3名が協議

有罪認定に必要な数

原則全員一致。最低10名の一致

多数決(8名)

多数決(5名)。ただし、最低1名の裁判官の同意必要

陪審員の役割

有罪認定のみ

有罪認定のみ

有罪認定+量刑判断

 

日本では、国民の協力を得るため、どうやって国民にわかりやすい審理にするかを検討中である。そのため、陪審制度発祥の地であるイギリスに、毎年、多くの裁判官や検察官を派遣して、陪審制度の実態を調査研究している。

 

この調査に全面的に協力していただいているのが、バリスター(法廷弁護士)養成機関のミドルテンプルである。私が着任してからの2年間にわたり、日本のためだけに特別集中プログラムを組んでいただき、多くの高名な裁判官・バリスターの講演や、模擬裁判、オールド・ベイリー(中央刑事裁判所)訪問などを実施していただいている。

 

また、昨年からは、スコットランドのクラウン・オフィス(検察庁)も、日本のために特別のプログラムを提供し、何人もの第一線の検察官の方に講義をしてもらうとともに、実際の法廷を傍聴し、その後、事件の解説をしていただいた。中には、自分のプレゼン資料を日本語で用意していた検察官もいた。常に観客の視点を持つプロ意識を感じた。 CPS・SFOにも陪審向けの立証の心得について知見を披露していただいている。このほか、刑事司法の全体構造を理解するため、刑務所を訪問したり、仮釈放委員会における審理の在り方などについて講演していただいた。御多忙な中、遠く離れた日本のために時間を割いて協力してくださることに、英国の懐の広さを感じる。この場をお借りして関係各位に深く御礼申し上げたい。

 

他方、日本の最高裁は英国首席裁判官を、法務省はスコットランド検事総長をそれぞれ日本に招へいし、司法に関する意見交換を行うとともに、日本の司法制度を紹介する機会を設けた。私も、日頃御世話になっているせめてものお礼の気持ちをこめて、日本での御滞在が充実したものになり、両国の関係が一層強化されるよう、精一杯お手伝いさせていただいた。日本がより多くのことを学べるよう、こうした機関との協力関係を築くことも、私の大切な仕事である。

 

 

(ミドルテンプル講師陣を自宅に招いて)
(ミドルテンプル講師陣を自宅に招いて)
(クラウン・オフィスでマクファージュン・スコットランド検事総長ほかと)
(クラウン・オフィスでマクファージュン・
スコットランド検事総長ほかと)

 

 

また、日本政府の指示で、英国法それ自体を調査することもよくある。主に日本の法律改正の際の参考にするためのものである。分厚い法律書やインターネット情報と格闘しつつ、英国政府関係者に紹介して調査する。法律書を読んでいて思うのは、単純なことでも難しい表現を使う法律家の悪い癖は、どうやら万国共通のようである。

 

 

3 日本法の英国への紹介

 

専門家・マスメディア等から、日本の法制度について、民事・刑事を問わず、会社法、知的財産法、国籍法、家族法、入国管理法、各種訴訟手続法等、様々な質問を受ける。これに対して、可能な範囲で、正確でわかりやすい情報を提供することも私の重要な役割であると考えている。

 

私は、日本で広報の担当をしていた時期もあった。その経験に照らして一般論として言えば、読者はメディアで伝えられた情報を正しいと信じるものであり、一旦不正確な情報がメディアに掲載されてしまうと、それを訂正してもらうことには多大な労力がかかるばかりでなく、たとえ訂正してもらったとしても、読者の頭から一旦記憶に残った情報をかき消すことは至難である。

 

しかし、メディアの立場に立てば、入手できた情報の範囲で記事を書かざるを得ないのであり、彼らの納得できるような説明をできなかった側にも責任があろう。陪審員に対する立証でも同じことが言えるだろうが、単に「説明すること」と、「理解していただくこと」、との間には相当な乖離がある。このような観点に立つと、特に、現地のメディアからの法制度に関する取材に対しては、日本の法制度を表面的に回答するだけでは不十分である。私は、取材者の問題意識を把握した上、記者が書こうとしている記事の見出しや構成を想定し、必要な調査を行い、立法趣旨や運用の実情を含め説明するとともに、日本法の英訳、必要に応じて統計などの資料も提供し、可能な限り誠意を持って説明することにしている。丁寧に説明することで、結果として記事にされないこともあるが、それは、先方がこちらの説明に納得し、その問題意識が解消され、もはや記事にするまでもないと判断された結果であると理解している。

 

また、多くの専門家が集まるシンポジウムやセミナーの機会に日本の法制度について紹介することにも意義がある。私の専門をあえて言えば、東京地検特捜部在籍時に担当した大企業や金融機関の犯罪・脱税事件などのホワイト・カラー犯罪であろうが、こうした経済犯罪をテーマに毎年ケンブリッジ大学において各国から専門家を招いてシンポジウムを開催している。私も毎年出席し、日本側の発言のアレンジをしたり、ワークショップに参加している。各国の裁判官・検察官・弁護士等が一同に会するので、人脈を広げる絶好の機会でもある。

 

 

(ケンブリッジ大経済犯罪シンポジウムの様子)
(ケンブリッジ大経済犯罪シンポジウムの様子)

 

 

日英の法律家が集うネットワークもある。British Japanese Law Association (BJLA)である。英国側からは、英国の法律家の中で、日本関連の仕事をしている人、かつて日本に行ったことのある人、日本人と結婚した人、日本に興味がある人などが集まっている。他方、日本側からは、英国において、英国の法曹資格を取得した人、日本の法曹資格者を持ち英国で勤務または研究している人が集う。ここでも、定期的にセミナーを開いたり、文化行事を開催して、日英の国際交流に努めている。私は、BJLAの事務局の一人として、その活動に参画している。

 

 

4 クラブ大使館にて

 

当館では、英国の子供たちを定期的に招いて、日本の伝統文化を紹介するプログラム、「クラブ大使館」を主宰している。これは私の本来の業務ではないが、時間の都合がつけば、そこでけん玉を紹介している。けん玉の起源が西欧の「Cup and Ball」にあることはあまり知られていない。私にとっても、けん玉をするのは小学生以来であるが、当時は二段を持っていた。そこは昔取った杵柄、である。

 

 

(クラブ大使館で英国の子供たちと)
(クラブ大使館で英国の子供たちと)

 

 

木と紐だけでできた単純な玩具であるが、ゲーム機に慣れた子供には意外と新鮮に映るようだ。熱心に取り組む子供たちを見ているのはとても楽しい。引率の先生の評判も良い。子供たちから「マスター(教官)」と呼ばれる。最後に、日本けん玉協会の御厚意で寄贈していただいたけん玉をおみやげに渡す。日本人の変わったおじさんと遊んだことが子供たちの記憶の片隅に残り、大人になっても、いつか日本のことを思い出してくれることを願う。