私は、大使館で唯一のロイヤーである。
私が英国で力を注いでいることについて、自己紹介を交えながら説明したい。
1 犯罪捜査に関する国際協力
英国に来る直前は、法務省で、捜査共助の担当をしていた。その経験を生かし、大使館では、英国と日本の間の捜査や裁判の共助を担当している。具体的には、国際的な犯罪について、CPS(Crown Prosecution Service・検察庁)やSFO(Serious Fraud Office・重大詐欺局;日本の検察庁特捜部に相当)などの英国検察当局から、日本でこういう証拠を集めてほしいとか、こういう人を取り調べてほしいという相談を受ける。逆に、日本からの要請で英国と交渉することもある。法制度は国によって異なるので、英国では当然できると思われている捜査が日本では許されないこともある。両国の法制度の違いを説明しつつ、可能な限り、リクエストに沿った捜査ができるように調整しなければならない。しかも、迅速かつ秘密裏に。私が最も神経を遣う仕事の一つである。
2 英国法の日本への紹介
日本は、今、50年に一度の司法制度改革の最中であり、私も、法務省において内閣と連携しながら制度改革に携わってきた一人である。その中でも、大きな目玉になっているのが裁判員制度の導入である。今の日本には、陪審制度はなく、裁判は、プロの裁判官によって運営されている。これを、2年後には、一般の国民が直接裁判に参加して、判決に関与する制度に変えることになっている。イギリスの陪審制度と日本の裁判員制度には、下表の通り、様々な違いがあるが、国民が司法に直接参加するという点では共通している。
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イングランド及び
ウェールズ |
スコットランド |
日本 |
陪審員の数 |
12名 |
15名 |
6名 |
有罪認定を行う者 |
陪審員のみ |
陪審員のみ |
裁判員6名と裁判官3名が協議 |
有罪認定に必要な数 |
原則全員一致。最低10名の一致 |
多数決(8名) |
多数決(5名)。ただし、最低1名の裁判官の同意必要 |
陪審員の役割 |
有罪認定のみ |
有罪認定のみ |
有罪認定+量刑判断 |
日本では、国民の協力を得るため、どうやって国民にわかりやすい審理にするかを検討中である。そのため、陪審制度発祥の地であるイギリスに、毎年、多くの裁判官や検察官を派遣して、陪審制度の実態を調査研究している。
この調査に全面的に協力していただいているのが、バリスター(法廷弁護士)養成機関のミドルテンプルである。私が着任してからの2年間にわたり、日本のためだけに特別集中プログラムを組んでいただき、多くの高名な裁判官・バリスターの講演や、模擬裁判、オールド・ベイリー(中央刑事裁判所)訪問などを実施していただいている。
また、昨年からは、スコットランドのクラウン・オフィス(検察庁)も、日本のために特別のプログラムを提供し、何人もの第一線の検察官の方に講義をしてもらうとともに、実際の法廷を傍聴し、その後、事件の解説をしていただいた。中には、自分のプレゼン資料を日本語で用意していた検察官もいた。常に観客の視点を持つプロ意識を感じた。
CPS・SFOにも陪審向けの立証の心得について知見を披露していただいている。このほか、刑事司法の全体構造を理解するため、刑務所を訪問したり、仮釈放委員会における審理の在り方などについて講演していただいた。御多忙な中、遠く離れた日本のために時間を割いて協力してくださることに、英国の懐の広さを感じる。この場をお借りして関係各位に深く御礼申し上げたい。
他方、日本の最高裁は英国首席裁判官を、法務省はスコットランド検事総長をそれぞれ日本に招へいし、司法に関する意見交換を行うとともに、日本の司法制度を紹介する機会を設けた。私も、日頃御世話になっているせめてものお礼の気持ちをこめて、日本での御滞在が充実したものになり、両国の関係が一層強化されるよう、精一杯お手伝いさせていただいた。日本がより多くのことを学べるよう、こうした機関との協力関係を築くことも、私の大切な仕事である。
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