館員エッセー(7)

「二度目のロンドン勤務」

 

 

 



M. Koguchi

2008年6月
在英国日本国大使館
公使 小口一彦

 

 

昨年7月に財務担当公使としてロンドンに赴任して以来、1年近くが経ちました。1998年から4年間、ロンドンに本部がある欧州復興開発銀行という国際機関に出向していたことがあり、仕事の内容は異なりますが、二度目のロンドン勤務となりました。

5年ぶりのロンドンは、以前にも増して活気にあふれているように見え、仕事がら頻繁に訪れるシティ周辺ではオフィスビルの新築・改修が進行し、繁華街の車の混雑も今まで以上のような気がします。ロンドン赴任者の誰もが感じることでしょうが、ポンド高と近年の物価上昇で、食費・家賃・交通費いずれで見ても、今やロンドンの物価水準は東京をはるかに凌いでいるように感じられます。コスモポリタンな都市としての進化も著しいようで、ここ数年は東欧の移民が増えたとのことですが、今やピカデリーサーカスやオックスフォードストリート界隈を歩いていると、どこの国の街を歩いているのか分からない気がします。そう言えば、日本食もすっかり定着した感があり、伝統的な味かどうかはともかく、昼食のサンドイッチ店ではスシのパックが豊富に並べられ、日本人でない経営者の高級日本食レストランが繁盛しています。

以上の進展も、裏を返せば、それだけロンドンが世界中からヒト、モノ、カネを引き付けて成長を続けてきた証左であり、今更ながら、経済の自由化・改革を通じ、世界を代表する国際金融センターとしてのロンドンの地位を揺るぎないものとして来たこの国の力に感嘆する次第です。因みに、統計で見ると、英国の一人当たりGDPは2004年から日本を上回っています(06年時点では日本34,300ドルに対して英国39,700ドル)。

とは言え、米国のサブプライムローン問題に端を発する世界の金融・経済の変調の影響は、確実にロンドンにも迫って来ています。昨年夏に赴任して間もなくこの問題が発生し、政府当局やシティの金融機関からの情報収集に走り回りましたが、9月には、英国で百数十年ぶりという、銀行の預金取り付け騒ぎに発展したのには驚きました。最近では、単にマネーの問題にとどまらず、長らくブームであった住宅市場にも影響が及んでいます。全国平均で見て、過去10年で3倍にもなった住宅価格が昨年後半から下落に転じ、そのペースが増しており、今後の展開やこれが家計に与える影響等が気にかかります。

今や、英国経済の3割近くは、金融・不動産・(法律や会計等の)対事業所サービス業が占めているため、信用収縮の問題は英国経済に広範な影響を与える可能性があります。財務省出身者としては、マクロ経済の変調が、税収などの財政状況に与える影響も気になるところです。当面の英国経済の行方については、強気と弱気の見方が交錯しているようですが、英国を含めて世界経済が大きな節目を迎えているなか、財務アタッシェとして、時々変化する金融・経済の動きを丹念に追い、政府当局との意見交換を継続して行こうと思っています。

話は遡りますが、20年ほど前、当時の大蔵省銀行局で銀行の国際業務の監督を担当していたことがあります。当時、日本の銀行のロンドンへの進出意欲はまことに強く、10行以上あった都市銀行は言うまでもなく、地方銀行や相互銀行(その後地方銀行に転換)までロンドンに進出したいという意欲を持っていました。1988年当時、ロンドンに進出して銀行業務を行っていた日本の銀行は23行でしたが、これが現在では7行になっています。この間、日本の銀行はバブルの後始末で困難な時代を経験し、私が前回ロンドンにいた頃にはいくつもの銀行が撤退することになりました。最近になって、再編や不良債権処理も一段落し、日本の銀行も再び国際業務に熱心になってきているとの声を聞きます。彼らが活躍できるよう少しでも環境整備に努めたいと思いますし、無論、英国をはじめとする金融機関の我が国への進出にも貢献できればと思っています。

色々と変化する経済・金融のことを書きましたが、無論、歴史あるロンドンには昔から変わらないものがたくさんあります。我が家の近所のリージェントパークやハムステッドヒース、大使館の側にあるハイドパークの緑は以前と同様美しく、都心にこれだけの緑の自然があることを本当にうらやましく思います。夫婦と3人の子供達とで、時折り、週末に気軽な散歩をすることを楽しみにしています。